作品アーカイブ (目次)
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懐中時計を掌に乗せている。硝子は割れて、秒針は動いていない。懐に収め、呟く。
「待たせて、すまなかった」
岩肌に身体を預け、谷底を見つめていた。仰向けに倒れた人影に目を細めて。反響し、吹き上がる音。白く覆われた景色に、冷たく顔を包まれた。
腰に付けたハーネスから伸びるロープを、下に投げる。カラビナを細かく振動させ、揺れながら落下する。先端が底に触れた。
両手で握りしめて、降りていく。グローブの摩擦が僅かに熱を灯す。爪先が岸壁を蹴る度に、欠片が飛び散る。吐いた息を眺め、額を拭った。
小石が肩を掠めていく。見上げると、白い塊が流れ落ちていた。歯を食いしばり、腕に力を込めて俯いた。轟音が傍を滑り抜ける。身を固め、じっとしていた。地に弾け、振動が止まる。
胸に掌を置き、鼓動を数えた。
視線を落とし、両手に掴む。
壁を蹴り、下っていく。
靴底が沈んだ。荒い呼吸を整え、足跡を刻む。結晶が塞ぐ視界の先に、横たわる女を映した。近付き、膝を着く。
皺一つない顔。己の白髪に触れ、手を伸ばした。女の右手を握り、目を閉じる。
「お前は変わらないな」
唇は結ばれ、開かない。
瞳を滲ませ、眼尻を伝う。深いほうれい線を辿る。雫は鈍く流れ、霜となって。
「俺は、お前の手を......」
身体は強張り、硬く。
秒針が揺れる。
────懐の音が、影を重ねた。
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