作品アーカイブ (目次)

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溢れた珈琲

 


 瞼が降りてくる。首を振って目を見開いた。机に置いてあるモニターを眺めていたが、段々頭が下がって来る。閉じた口が自然に開き、欠伸が漏れた。

 マグカップに手を伸ばす。冷えた黒い液体が縁で揺れ、表面を伝って机に零れた。書類を濡らし、染みが広がる。珈琲の香りが漂う。唇でカップに触れ、喉を何度か鳴らした。


 対面の席から咳払いが聞こえる。顔を向けると、目が合った。同僚が視線を泳がし、顎をしゃくる。その先で、上司が天井を見つめていた。口を開けたまま、小刻みに震えて。


 クロスに黒い染みが滲んでいた。下に向かって盛り上がり、零れ落ちる。


 ──液体が、床で跳ねた。


 上司の足元に絡みつく。ゆっくりと這い上がり、身体を包み込んだ。叫び声が部屋に響く。


「何だあれ」

 

 呟いて、立ち上がる。同僚がドアの方向に駆け出した。その背中から視線を外し、周囲を見渡す。


 座ったまま、その光景を眺める人。

 転んで這いつくばる人。


 黒い、塊。

 蠢いている。一回り大きくなって。


 苦い香りが充満している。

 

 ────書類の染みが、消えていた。

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