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──お帰り。


靴を揃えて、振り向く。霧に霞み、はっきり顔が見えない。言葉を交わす。

紡がれたものに興味はなく、頭を素通りする。

無意識に口を開いた。意味を噛むことは、しない。


────

キーを繰り返し叩く。部屋に打鍵の音が響き、呼吸と混ざる。画面から目を離し、指でこめかみを挟む。握るように押した。コーヒーカップから漂う湯気が、モニターを横切る。電灯に誘われるように昇り、霧散した。


こめかみを押す。浮かぶのは、女と、子供。

瞼の奥で、顔が朧げに映る。


ノイズ混じりの声。

女、子供、自分──


俺だけが、向き合っていなかった。

指を離し、キーを叩く。いつも通りだ。何も変わらない。


無機質に連なる打鍵の音に、インターホンが重なる。鼓動が跳ねた。コーヒーを一口飲んで、腰を上げる。苦味と余韻を飲み込んで、ゆっくりと玄関に向かう。


チェーンを外し、鍵を捻る。ノブを握り、静かに回す。鉄の音を軋ませ、開いていく。女と子供が立っていた。


鮮明に映る、二人の顔。朧げだったものが目の前にあった。

口を開いた子供が言葉を紡ぐ。その意味を咀嚼し、丁寧に飲み込む。小さい口に笑顔がこぼれた。


──こんなに、簡単なことだったのか。


穏やかな空気を切り裂くように、スマホが鳴った。女と子供の顔が曇る。画面も見ずに、電源を切った。目を丸くした二人を部屋に促す。


「お帰り。」


息子が言った。父親に向けて。

妻の頬を雫がなぞり、床を濡らす。


俺は、帰ってきた。


───打鍵の音は響いていない。静謐が、震えた。

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