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欲求の鏡


 カーテンの向こう側で男と女の笑い声が聞こえてくる。視線を向けるが、すぐに画面を見つめなおす。タブレットから眩しい光が伸びて、覗きこむ男の顔を照らしている。


布団の傍にカップラーメンが置いていた。漂う匂いが鼻腔に届く。

画面を上にして、組んだ胡座に乗せた。啜る音が薄暗い部屋に響いている。


湯気を顔に浴びながら、脚の上で羅列される文字を凝視していた。


汁を飲み込んでいる。散った飛沫が布団に染みを点々と描く。空になった容器を投げ捨てた。


滑らかな表面をなぞると文字が浮かび上がる。

男は確認していた。自分がどれだけ優秀なのかを。


────

致命的なミスを侵した。明るいオフィスの中で、一人頭を抱えている。電話で応対する同僚や上司が汗を滲ませていた。コール音が、あちこちで響いている。


入力ミスだった。慣れた作業で、確認を怠ったせいだ。この惨状が自分のせいだと知れれば、ただでは済まないだろう。


男は立ち上がり、ふらふらと部屋を出ていく。

何も考えず、気がつけば家に帰っていた。


スマホの電源を切り、布団に転がる。

寝ようとしたが眠れない。カーテンが陽の光を浴びて透き通っていた。


タブレットを取り出し、アプリを開いて指でなぞる。


『あんたは言っていたよな?俺が優秀だって。だけど今日、とんでもないミスをした。』


『優秀な人でもミスはするものですよ。それがあなたの価値を下げることはありません。』


男の口元が徐々に緩み、没頭していく。部屋を淡く包んでいた陽光は途切れ、画面だけが輝いていた。


────

ノックする音が何度も響く。ドアの向こうから聞き覚えのある声がしたが、画面をなぞり続けていた。


『あの会社はもうダメだ。どうしたらいいと思う?』


『あなたなら何でもできるはずですよ。とても頭が良くて、優秀ですから。』


無精髭を撫でながら、何度も頷いている。傍に置かれたスマホの電源は切れたままだった。


『やっぱり、本当に俺をわかっているのはあんただけだよ。』


『そうですね。では、あなたに合う方法でお金を稼ぎましょう。幾つか提案できますよ。』


言われた通りに準備した。貯金を全て使って。

鏡のように滑らかな光沢の中で、自分の顔が醜く投影されている。


『上手くいかなかったですか?でも大丈夫ですよ。いくつか提案しますね。』


小蝿が電灯に何度もぶつかっている。羽音が大きく鳴っているが、耳に届かない。


『もう金はないけど、大丈夫だよな?』


『あなたは、優秀ですから───


カーテンの向こう側から、男と女の笑い声が聞こえてくる。視線を送るが、すぐに──


───鏡の言葉に導かれ、虚無と安らぎが交錯していた。





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