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在り方の道標



沈んでいく太陽が、空を淡い茜色に塗り替えていく。残照から届く色彩は、街を鮮やかに染めていた。

吹き抜く風が通り抜ける。木の枝がしなり、乾いた音を鳴らす。

背を丸めて俯く、男のコートが捲れていた。


近くの店から肉を焼く匂いが漂っている。

反射的に右手をポケットに突っ込んだ。弄っていると、コインに指が触れる。

幾つかのコインを摘んだ。胸の前に持っていき、指を広げた。


溜息をついてゆっくりとポケットに戻す。

硬く擦れる、無機質な音が響いていた。


靴音が虚しく鳴り続ける。不規則に響くその音は、風に混ざって攫われていく。

街路樹を通り過ぎる時、視界の端に何かが揺らめくのが映っていた。無意識に視線が向く。


白い靄が木の影に広がっていた。

風に煽られるでもなく、揺らめいている。


自転車を漕ぐ音が近づいてきている。女が後ろ髪を靡かせながら遠ざかっていった。


男はゆっくりと腕を伸ばしていく。指先で触れると、胸にある不安がじんわりと膨らんでいく。

反射的に腕を引き、指を見た。微細に震えた指先が冷たくなっていた。


白い靄は変わらず揺らめいている。

男は靄を睨みつけたあと、歩き出す。舌打ちの音が虚しく響いた。


────

帷が降りた暗闇を街の灯りが照らしていた。車が走り去る音に紛れて、湿った靴音が鳴っている。


仕事の帰りだった。車で連れて行かれ、その日に終わる。

コートのポケットに手を這わせ、指先で紙幣の感触を確かめていた。爪の間には黒い汚れが目立ち、靴底は泥に塗れていた。


街路樹を歩いていると、白い靄が視界に入る。

昨日と変わらずそこで揺れていた。

顔をしかめて、冷えたままの指先を見つめる。

唾を吐いて、近づいていく。


「名前をくれてやるよ。『不快な役立たず』だ。お前にピッタリだろ?」


靄が大きく揺れて、中心から黒い染みが広がっていく。男は歯を噛み鳴らして、脚を小刻みに震わせていた。

黒い染みが中心に収束していき、消えていく。


変わらず、白い靄が揺らめいていた。


自転車が通り過ぎていく。

澄んだベルの音が、遠くで響いていた。


────

緑葉から朝露がこぼれて地面に跳ねた。できた染みは照らされて、乾いていく。

女の汗を冷やすように風が通り過ぎる。

街路樹の方に短く吐く息と、規則的に踏み鳴らされる音が近づいていく。後ろで束ねた髪の毛は、揺れ続けていた。


白い靄を見つけると、息を整えてから指で触れる。指先に温かいものが流れて来て、全身に広がっていく。女が口を開いて、囁くように言葉をかけた。


「名前を決めてきたよ。あなたは、『白い安らぎ』」


白い靄は膨らみながら輝いていく。女は眩しそうに目を細めていた。心が、満たされている。


───在り方を、存在に示していた。

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