作品アーカイブ (目次)

イメージ
  更新通知⇨ RSSで新作を受け取る *文章にAIを一切使用していません。自分の感性だけで書きたいからです。曲と画像はAIで作成しています。 ─最新─              「筆の先で」        境界 「積まれた煉瓦」      感情 「枯葉と砂」        日常 「線の先は」        境界 ─ピックアップ─ テーマ  時間 「重なる景色」 ─テーマ別─ ─境界─       十四作品 ─時間─           七作品 ─循環─       十三作品 ─感情─           十一作品 ─万有─           七作品 ─価値観─   十五作品 ─日常─           十一作品 ─断片─           四作品 ─無─               三作品 ─掌編─    「筆の先で」         境界 「積まれた煉瓦」       感情 「越えた後」         境界 「シリアルを咀嚼して」    感情   「街の跡」          日常 「旋回する夜」        日常 「閉じた瞼」         境界 「瓦礫の理由」        境界 「配慮の有無」        価値観 「銀の牢獄」         境界 「重なる瘡蓋」        境界 「見えない顔」        日常 「神木の瞳」         価値観 「最後の理性」        感情 「月光に照らされて」     感情 「重なる景色」        時間 「境界の先で」        循環 「寄り添う枯葉」       日常 「いやし」          循環 「編まれゆく造形」      循環 「ずれた距離」        日常 「刻まれた断片」    ...

尊厳と紙幣


 
生温い風を肌に感じながら、杖をついて脚を引き摺る。石造りの道に強烈な陽光が反射し、男の顔を静かに焼いていた。額からこぼれる滴りが地面を濡らすが、その跡は静かに消えていく。


足取りは重く、杖を握る手が震えている。やっとの思いで街の広場に着くと、ひやりとした空気を感じていた。中央にある噴水からの風は冷たく、優しかった。近くのベンチに杖を向かわせるが、思うように進まない。時間が緩やかに流れていく。

 ベンチに手をかけ、顔をしかめながら腰をおろす。噴水を眺めていたが、視線が辺りに彷徨っていく。その目尻には皺が目立ち、眉は白く染まっていた。

 薄汚れて、黒ずんだズボンのポケットに手を突っ込んでみる。しばらく探ってから手を抜いたが、布くずが舞っただけだった。

 老人はゆっくりと立ち上がり、歩き出す。真上にあった太陽は少し、沈んできていた。

────
 扉の前で立ちすくんでいた。恐る恐る手を伸ばし、ドアノックを掴む。乾いた音が数回鳴ったあと、軋む音を響かせて扉が開く。

 痩せた男が訝しげに老人を見つめていた。

「.......あんたか。何の用だ?」

 俯きながら、杖を強く握った。


「......腹が減ったんだ。少しだけ......恵んでくれないか?」

 痩せた男はため息をついた。被りを振りながら扉にもたれかかる。


「なんであんたに施さなきゃいけないんだ?前の職場で一緒だっただけだろ?」

「この脚では......」

 「知ったことか。あんたに施すために金を稼いだわけじゃない」

 扉は軋む間もなく、閉じられた。大きな音がいつまでも響いていた。老人の背後から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。子供たちの声が風に攫われ、遠ざかっていく。

 痩せた男が妻の手を握る。その手は小さく、冷たい。妻が心配そうに目を向ける。痩せた男はぎこちなく微笑んで、妻の髪を撫でた。

「あの爺さんには昔、世話になったが......」


 唇を引き結んで、妻の瞳に視線を合わせた。


「......お前を治すのに金はいくらでも必要なんだ。俺が大事なのは、お前だけだ」


────
 薄い赤色に染まった空には、雲が変わらず流れていた。降り注ぐ光が街を暖かく照らしている。水飛沫と穏やかな風を楽しむ人たちが談笑していた。

 ベンチには老人が座っている。杖を膝に乗せ、滲む景色をただ眺めていた。


 その様子をじっと見つめていた女がいた。辺りに視線を巡らせてから、ベンチにゆっくりと歩いていく。

「どうしました?何かお困りですか?」

 大きな声に驚いて顔を上げる。化粧っ気のない、美しい顔をした女が老人の顔を覗き込んでいた。

「.......腹が減ったが、金が......脚が悪くて働くこともできない」

「ああ......脚が。......かわいそうに」


 周辺の人たちの興味が老人と女に向いていた。女は小さなバッグを開いて財布を取り出していた。迷うことなく、紙幣を何枚か摘んでいる。


 老人の視線が杖に向かい、耳が赤く染まる。

「これで美味しいものを食べてくださいね」

 目の前に差し出された三枚の紙幣。沈黙したまま、震える手で触れる。紙幣がゆらゆらと地面に吸い込まれていく。

「......それだけあればお腹いっぱい食べれるでしょう?」


 女は満足げに微笑んで、老人に背を向けた。

 遠ざかるヒールの音が、地面から跳ね返っているのを感じていた。何人かが、女に声をかけている。
女は首を横に振り、顎の下では手を大袈裟に揺らしていた。


 その笑顔から視線を逸らすことができなかった。


 振り返って老人に会釈したあと、女の姿が小さくなっていく。老人は黙って紙幣を拾う。耳はまだ、赤く染まっていた。

 太陽が沈んでいく。空を黒く染めるまで。
暗闇の中で光の粒がいくつも瞬いていた。


 ゆっくりと立ち上がり、歩き出す。杖をつき、脚を引き摺りながら。杖の音だけが静かに響いていた。

 ────老人の手には紙幣が三枚、握りしめられている。

コメント

このブログの人気の投稿

境界の鏡

作品アーカイブ (目次)

雨上がりの空