作品アーカイブ (目次)

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Valhalla─『祈りの行方』


  ──氷の上で、眠っているのか。

 体は冷たく、動かない。
戦乙女の姿は揺らぎ、霧散する。

 視界は暗闇に閉ざされて。
鴉の鳴き声が、聞こえていた。


 ──あいつは、還れたのだろうか。

 俺は、何処へ───

─────
 白い蝶が舞うように、雪が散って降りてくる。土に積もり、覆っていく。銀色に染められた世界が、薄い光を浴びて輝いていた。

 肌を突き刺す鋭い風が、刃のように空気を切り裂く。降り積もる透き通った結晶が、大きな屋根に並べられていた。木造の建物。敷地は広く、人が途切れることなく入り口に向かう。皆一様に体を鍛え、肉が隆起している。

 一人の男が豊かな髭を顎に蓄え、茶褐色の髪を無造作に伸ばしていた。肩を揺らして扉を開く。厳かに軋む音が、余韻を残す。

 薪の上で炎が大きく揺らめいている。伸びて、縮む。繰り返していた。木造のテーブルに並べられた果物の甘い香りと、大皿に盛り付けた肉の匂いが鼻腔を刺激する。

 戦士達が広間に集まり、中央の焚き火を囲んでいた。玉座に座る首長が杯を掲げた時、一斉に声が響き渡る。

 ──スコール!

 角杯を合わせ、酒が飛び散る。煽るように飲み干し、顎髭を湿らせた。簡素な服を着た、修道士だった男が酒を注いでいく。喧騒の中で、笑い声と怒声が重なっていた。

 修道士は奴隷に身を堕としていたが、傷つけられることはなかった。自分を縛り、ここに連れてきた男は食卓を共にし、笑って話しかけてくる。

 濡れた顎髭を摘み、微笑を浮かべて目を細めるこの男が、襲撃者だったことを忘れそうになる。

 ──遠い昔の出来事に感じていた。

─────
 羊皮紙に筆写していた。写本を作るために。
休憩しようと筆を休めた時、鐘が鳴った。慌ただしく扉を開けた初老の男が、息を切らしながら叫んでいた。

 床下の貯蔵庫に体を潜らせて、床を閉じた。
視界が闇に包まれる。聖書を胸に抱き、神に祈った。
床を踏み鳴らす音と怒号が修道院を支配していく。扉が斧で立ち割られ、逃げる修道士達が血に染まっていく。

 床が軋む音が近づいてくる。口を両手で覆って、息を潜めていた。頭上の床を叩く、硬く軽い音が繰り返された。眩しい光が瞳を刺す。まばたきの先に、髭面の顔がある。引き摺り出され、床に転がされた。
細めた目に映ったのは顔に模様を描いた男と、茶褐色の髪を伸ばした顎髭を蓄えた男。

 模様の男が、笑いながら斧を振り上げた。顎髭の男が腕を掴み、制す。斧は紅く濡れ、生臭い匂いが漂っている。言い争っているように見えた。沈黙した模様の男。睨んでいた視線を逸らし、唾を吐いた。
顎髭の男に胸を押され、ゆっくりと部屋を出ていく。

 持っていた聖書を顎髭の男が掴み取る。ページを捲る紙の擦れる音が、罵声のように聞こえていた。
眉をひそめ、目の前に投げ捨ててくる。鈍い音が響いたあと、埃がふわりと舞っていた。

「読めねぇし、返す」

 聞いたことがない旋律が呪詛のように響く。

「お前の言葉を覚えたい。......俺たちの集落に連れていく」

 後ろ手に縛られて紐で引っ張られる。
何人もの仲間が倒れている。裸にされた修道士が転がっていた。濡れた廊下を進むたびに粘つく音がする。靴が染まり、色が変わる。死の臭いが漂っていた。

 連れて行かれた部屋では初老の男が柱に縛られ、ナイフの的にされていた。大勢の襲撃者に囲まれて苦悶の表情を浮かべている。修道士が懇願するように顎髭の男を見つめた。肩をすくめて、首を振っている。

 初老の男は神への祈りを呟いていた。
祈りが途切れるたびに、衣服に新しい染みが広がる。歓声と笑い声が反響していく。

 血に濡れたキリストの木像に、斧痕が深く刻まれていた。

 ──喧騒の中で声が聞こえる。

「お前も飲めよ」

─────
 ハッとして振り向く。角杯が目の前にあった。
笑みを浮かべて受け取った。顎髭の男と杯を合わせる。横切る男も杯を合わせ、笑いながら修道士の頭を撫でていく。

「お前の国、言葉覚えた」

懐かしい響きに口が緩んだ。杯を口に近づけて縁を舐める。

「そうですね。支障なく喋れるでしょう」

「俺たちの言葉もよく覚えたな」

 深く息を吸い込み、肺に送る。ゆっくりと吐き出しながら拳を握る。

「......生きるためです」

 真っ直ぐに瞳を見つめて顎髭の男がふっと笑う。立ち上がって背中を軽く叩いてきた。

 振り返らずに、首長の元へ歩いていった。

────
 白樺の木の枝から緑葉が溢れ落ちる。白銀の世界が溶けていき、豊かな色彩が顔を出していた。天色に広がる空に浮かぶ積雲を、暖かい日差しが通り抜ける。

「本当にお前も来るのか?」

 茶褐色の髪が靡いている。顎髭を摘み、千切った髭に息を吹きかける。

「私はもう、この集落の戦士です」

 修道士の体は引き締まり、腰に剣を携えた姿に違和感はない。伸びた黒髪が目にかかる。黒い口髭は綺麗に揃えられていた。

「......お前の国に、略奪に行くんだぞ?」

「私は、神に見放された。あなたに言葉を教えた時から」

 ──紙を擦る音が頭に響いていた。

 波止場の縁に波の飛沫が跳ねる。浮かぶ船の船首は長く、竜を模していた。戦士が女を抱き寄せ、子供の頭を撫でている。見上げる瞳には父親への尊敬と憧れが滲んでいた。

 女と子供の声が風に攫われていく。

 革を重ねた防具を身につけ、片手斧を腰に下げている。背中には丸い盾を背負っていた。
船首を眺める修道士も革を纏っていた。腰の斧を揺らしながら船に向かう。

 戦士達の脚が地面を鳴らす。雪解けの匂いに包まれながら階段状の梯子を踏んでいく。右舷の席に腰を下ろして担いだ盾を舟に掛ける。両舷に丸い盾が並んでいく。船の下に開いた穴からオールが綺麗に並んでいた。後ろの席に座った修道士と視線が交わる。

「......躊躇するな。迷わず斬れ」

 オールを握った修道士の腕が小刻みに震えていた。

─────
 鴉が船上を旋回している。風が帆に包まれながら進んでいた。水平線が隆起していく。陸が見えてきた。
歓声が上がる。船内は濡れていた。嵐の後に一隻が見えなくなっている。干し肉を齧りながら修道士に革袋を差し出す。

「いよいよだ。何人か死んじまったが、よく生き残ったな」

 やつれた顔で革袋を口につけ、水を喉に流し込んでいる。笑って肩を叩くと修道士は咳き込んでいた。

 船が陸に近づいていく。木と草が生い茂り、風に吹かれてざわめいていた。何人かが飛び降りて水が跳ねる。船に掛けた盾を握り、船を蹴る。飛沫の後ろで修道士が縁に掴まり、手を離していた。

 ずぶ濡れになった戦士達が海辺に並んでいた。茶褐色の濡れた髪に触れながら顎を突き出し、行軍を示す。砂浜に足跡が続いていく。

 遠くの丘に修道院が建っていた。近くには村がある。見つめる修道士が胸を強く握っている。先頭を歩く顎髭の男が立ち止まり、手を挙げて行軍を制した。

 馬の駆ける音が地鳴りのように響いていた。
鞍の上で、鉄を重ねた鎧に身を包んだ兵士が剣を帯びている。馬から降りた兵士達の後に、駆けてきた兵士が合流する。隊列を組み槍を構える。後ろの兵士が剣を抜いた。

 背中に担いだ盾を握り、腰の斧を右手に掴んだ。頭上に掲げて雄叫びをあげていた。戦士達が呼応していく。集団が、ぶつかった。

 槍の隊列が押し込んでくる。盾を体に密着させて並列に迎え撃つ。衝撃が腕に重く響いていた。背後にいる修道士の剣が震えているのが見えた。盾を前に押し出して、顎髭の男が叫んだ。

「斬れ!」

 修道士が駆けていた。後ろによろめく兵士の頭上に剣を振りかぶる。修道士に兵士が掴み掛かり、もつれるように倒れ込んだ。祈りの言葉を口にする修道士に、兵士の腕が止まる。兵士の頭に斧の刃が深く潜り込んでいた。血煙に祈りが溶け込んでいく。

 茶褐色の髪を靡かせ、腕を掴んで引き起こした。槍が修道士に伸びてくる。腕を振って修道士を投げ飛ばし、握った盾を前にかざす。盾の縁を滑りながら、穂先が胸を貫く。顎髭の下で鮮血が吹き出した。

 視界の端に映る。戦士達の腕が飛び、頭が転がっていく光景。断末魔の叫びの中で、顎髭の男が斧を振るう。唸り声を上げながら、兵士の頭を割っていた。
罵声と共に幾つもの槍が体を貫く。

 敵兵に抱き起こされている修道士を瞳に焼き付けていた。脚の力が抜けていき、膝が折れる。ゆっくりと空を見上げた。口から滴る血の連なりが、顎髭を赤く染めていく。

 一羽の鴉が旋回している。太陽の光が戦乙女を象っていく。笑みを浮かべた。視界が閉ざされ、暗闇に包まれる。茶褐色の髪が、地に触れた。

 戦士達の亡骸の中心で、修道士は兵士に肩を借りている。腰の剣を地に置き、聖書を胸に抱きしめて。


 十字を切らずに、祈った。

 ────彼らの神に祈りを捧げよう。オーディンへの最後の祈りを。主の御許へ還る前に。

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