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孤狼の傷跡 三章『傷痕』第一話「仇」

 


 刀身を伝い、流れて行く。切先に溜まった丸い粒が膨らみ、零れ落ちた。畳を紅く濡らし、深く沈んで。引き抜かれ、支えを失い仰向けに倒れた。眼は見開かれ、虚空に向く。少し、口を開いた。くぐもった、掠れた声。

「田上──」

 男が握っていた刀が、畳に跳ねて転がった。


「一人にはならん。家族共々送ってやるからな」

 軍刀を振り、滴を飛ばす。畳に幾つも染みを残し、歩いて来る。


 少年を庇い、覆い被さる女が震えていた。身体が、動かない。

「情けない小僧だ。守られてるだけか」

 刀身を傾け、上段に構える。薄い唇を線に結んで。


「一刀だ」

 閃く残像が網膜に焼き付く。刃が女の身体を通り抜け、少年の肩に潜り込む。腰から抜けた切先を返し、鞘に納めた。目の前に両断された骸が横たわり、瞳が虚空を映す。

 

 混ざり合う血溜まりに浸されながら、鋭く澄んだ音を聞いていた。



────

 僅かに澄んだ音が鳴る。視界の端で、鉄柱が革袋を持って座っていた。着流しが湿り、総髪が濡れている。傷が疼いて胸を抑えた。顔を顰め、深く息を吸い込んだ。


「酷くうなされてたな。こいつはお前のだ。受け取れ」

 両手で抱える程の大きさだが、鉄柱の巨大な手で鷲掴みにされていた。ゆっくりと身体を起こし、受け取る。重く、硬い。

「これは?」


「賭け試合の報酬と、鉄柱さんがあなたに賭けて得たお金ですよ」

 朱いチャイナドレスを着た女が、薄い唇を広げて微笑んでいた。切れ長の奥で白蓮を映す。

「誰だ?」

「朱鳳凛と言います。ヴォルフとの試合を拝見しました」


 革袋を傍に置き、女──朱鳳凛を見た。白く細い腕が、滑らかな軌道を描く。胸に掌を添えて、鬢の毛を垂らす。

「あんたが田上を知ってるのか?」

「田上との死合いを望まれますか?」


 立ちあがり、鳳凛に詰め寄る。肩に触れた瞬間、白い細腕が円を描く。細い指が腕に絡まり、背を下に押される。膝から力が抜け、冷たい床に片手を着いた。掴んでいた腕を離し、朱い裾が僅かに靡く。

「心が乱れてますね。それに、身体も」

 

 分厚い手が腰に触れた。抱えられ、ベンチに寝かされる。浅い呼吸を繰り返す中で、背中で揺れる弁髪を映していた。

「八卦掌か。見事なもんだ」

「......いえ。では、療養して下さい」


「また、来ます。報酬の交渉はその時に」

 睨みつける白蓮に被りを振り、ドアに向かって靴音を刻む。ノブを握り、振り返った。

「白蓮さん。止めた方が良いですよ」


「お前に、何が分かる」

 傷跡が痛む。手負の獣が、咆哮した。空気を震わせ浴びせかける。朱鳳凛が僅かに後ろを踏んで、切れ長の目を見開いていた。


「......なるほど。ヴォルフが勧める訳ですね」

 スリットを翻し、歩き去った。閉じたドアに、朱い残像を残して。



続きは▶️三章『傷痕』第二話「契約」

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