作品アーカイブ(目次)
眼下に倒れた、顎髭を編み込んだ男。じっと、見つめていた。土に敷かれた砂が、赤黒く滲んでいく。握り締めた剣を軽く振る。粘つく雫が、散らばった。
地面に刃を突き立て、息を吐いた。傍にある岩に腰を下ろす。顔を上げて、周囲に視線を巡らせた。多くの人が転がっている。兵士も、民も。皆、骸となって。
視線の先で、甲冑の輪が描かれる。その中心で敵兵が叫んでいた。掴んだ斧を振り上げ、輪に突進して。
怒声と悲哀が混濁する。仲間が頭を断ち割り、歓声が沸いた。崩れ落ちる、最後の一人。
雄叫びと、無数の刃が天を示す。騎士団の旗を靡かせて。
残された街が佇む。石壁は砕け、家屋からは焦げた匂いが漂っていた。生臭い、血の匂いが鼻腔に張り付く。小さな靴が、目に留まる。
首を振り、空を見上げた。鮮やかな緋色に染まった雲が、流れる。昇る煙が宙にほどけ、景色に編みこまれて。
靴音に気づき、前を向いた。鉄が重なる鈍い響きと。部下が整列している。一瞥して、口を開いた。
「......よくやった。野営に戻り、休め。」
皆、眉をひそめ見合わせる。構わず顎で促すと、踵を返した。そのまま駆け出す。
砂埃が舞うのを眺め、視線を落とした。静寂が拡がる。目が合った。顎髭の骸の、濁った瞳と。
──お前。......何か言ってたな。
刃の擦れる音が、頭に響いた。
思考が、沈んでいく。
───
顎髭を編んだ男。荒い息を繰り返し、両肩が上下に動く。唸りながら、戦斧を胴に薙いでくる。剣板に手を添え、受け止めた。半身にずれ、角度を変える。高く澄んだ金属音が鳴り続け、空気を切り裂く。
踏み込み、腕を前に突き出す。切先が胸に潜り込む。背中を──貫く。
「......何故、俺たちを殺す。」
「略奪を繰り返すからだ。」
揺れる、編まれた髭。唇を震わせ、紡いだ。
「生きるためだ。......お前たちと、何が違う。」
剣を引き抜く。溢れ、滴る。纏った毛皮が染まっていく。膝を折り、ゆっくりと仰向けに倒れた。見開かれた目に、太陽を映して。
朧げに歪む景色の外で、月明かりが男を照らした。辿った記憶から、意識を手繰る。
身につけた鉄が、冷たく沁みて。
───
暗闇に塗られた空。降りてくる、淡い光。顎髭の骸。零れ出た、言葉。
「お前の、言う通りかもな。」
布切れを取り出し、柄を握った。立ち上がり、力を込める。地面から抜いた剣を、丁寧に拭う。厳かに鞘へ納めた。
骸の前で片膝を立てる。十字を切って、祈った。膝を伸ばし、沈黙した街を振り返る。
視界に映る、小さな骸。靴を片方、履いていない。
───乾いた風が、子供を撫でた。
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