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刻の環


 淡く赤みがかった夕暮れの下で、飛沫が散った。水面から跳ねた魚が水を弾く。淡い光に照らされた粒が、輝きながら溶け込んでいく。

川は静謐を保ち、木々が風に煽られて囁いていた。


牛の鳴き声がのどかに響き、スープを煮付ける匂いが漂っていた。

煙突から昇る煙が円を描いて崩れていく。

吹き上がる風が亜麻色の髪を靡かせていた。


視線を移すと、石造りの彫刻が見える。

村の中央にある彫刻の男の指が、天を示していた。


彫刻の影から父親の姿が現れ、影が重なりあって伸びていく。

少年に気付くと、目を細めながら歩いてきた。

あげた右手から、細い革紐が揺れている。


頭を撫でられ、差し出してきた右手の指を開く。手のひらに懐中時計が乗っていた。

少年がネジを巻くと、鼓動するように時を刻み始めた。


鶏を追いかける子供が転び、女が慌てて駆け寄って抱き抱える。

幼い泣き声とあやす声が、混ざりあって一つになる。


老いた男が、その光景を眺めながら呟いていた。


「......俺の想像が正しいはずだ。」


瞳の奥で、瓦礫に埋もれる光景が映っていた。


少年と父親がスプーンを口に運んだ時、地鳴りがした。皿からスープがこぼれ、撒き散らされる。床に跳ねて、転がっていく。


父親が少年を抱きかかえて、テーブルの下に潜り込んだ。

軋む木の表面からは引き裂くような衝撃が伝わってくる。父親が叫んだとき、少年の視界は暗闇に覆われていた。


────

瞼を開くと、視界が塞がっていた。

頭を振ると土埃が舞い上がる。ゆらゆらと降りてくる粉塵を手で払った。

汗で張り付いた服の上に、覆い被さっているものがあった。腕を振りあげ、横に落とす。


それはゆっくりと傍に転がり、僅かに床を跳ねた。

光を失った瞳と、視線が繋がっていた。


頭が割れて流れ続けている液体が、赤黒く広がっていく。

少年は両手で包み込むように、父親の手を握っていた。

暖かく、大きな手。

残った温もりが胸を締め付けていく。

嗚咽を漏らして、跪いていた。


革紐が切れて、雫と共に胸から落ちる。

割れた硝子の先で、秒針が細かく震えていた。


────

群青色に染まった空が、漂う雲に寄り添うように広がっていた。

冷たい風が全身を撫でるように流れていく。


伸びきった草の根元には、ほつれた糸を覗かせた人形が横たわる。

瓦礫に埋もれた石造の彫刻は、村の中央で分かれ、散らばっていた。


川が緩やかに流れ、木々がざわめきながら揺れている。

崩れ落ちた煙突の残骸を見つめていた。


残骸の前で周囲を見渡し、腕を振り上げた。

波打つように幾つもの腕が上がる。幾重にも重なる歓声が木々を震わせた。


男は懐中時計をそっと撫でていた。硝子の中で、秒針は沈黙している。

風に煽られて、亜麻色の髪が靡いていた。


────

鶏の鳴き声が村の目覚めを促している。

煙突からは煙が絶え間なく吐き出されて、蒼天に混ざって溶けていく。


牛の鳴き声と幼子の笑い声が響き合う。

女が干した衣類を竿から籠に移している。幼子に声をかけて、抱き上げていた。


ネジを巻く指が止まる。


流れる川に視線を移す。魚が宙を舞い、水面に落下していく。


水飛沫が散った。

秒針の音が、ほどけた世界を縫い合わせていく。


懐中時計の硝子は滑らかな円を描いている。ネジから指を離して、革紐を首にかけた。


中央にある彫刻が、差し出すように腕を伸ばしていた。その手には、懐中時計が乗っている。


目を細めて微笑する彫刻に、口を緩めた。


───過去を巡り、時を刻んでいく。

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