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一滴の雫


 新緑が目立つ草原が、波を描くように揺らされていた。その先をなぞるように風が走る。

昇っていく太陽から降りてきた光が、波を照らして階調を描いていく。


静寂の中で僅かな金属音が時折鳴る。

鉄の板金を身につけ、腰に帯びた剣が揺れている。脚は鐙を踏み締めていた。


茶褐色の立髪を靡かせた馬の背で剣を抜き、頭上に掲げた。反射した光が群衆を照らしていく。

前脚が宙を蹴り、嗎が轟く。黒い尾がふわりと浮いた。


手に持った武器を掲げて群衆が応える。

地鳴りのように響く歓声が草原を揺らす。森林の枝が擦れて、囁きを還していた。


冷めた目で見つめていた。小指で耳をほじり、息を吹きかける。細かいかすが宙に霧散する。

栗色の髪に触れたあと、頬に刻まれた古傷を撫でていた。


群れの中で交差する感情の端で、傭兵は背に担いだ盾を左手に構え、頭上に掲げた。


蒼い空が広がる中を、無数の影が覆い尽くす。

重く鋭い雨が、群れに目掛けて降り注ごうとしていた。


模様が違う丸い屋根が並んでいく。


硬く鋭い衝撃が左手に沈み込む。籠った声を発しながら、幾人かが倒れていた。草原が赤く彩られていく。


将が剣を前に掲げた時、馬の嗎と怒号が響き渡った。地鳴りの中で、腰に下げた剣の柄を右手で握る。

身体を包む燻んだ革が、軋んだ音を立てていた。


唾を吐いて、駆けていく。


────

手首を斬り裂き、切先を捻って胴を抉る。

倒れた相手を脚で踏み抜き、とどめを刺す。


名前も知らない相手を淡々と屠っていく。

体液が飛び散って、草を深紅に染めていた。

血の臭いが鼻の奥に届くたびに顔を顰める。


斬るたびに金を勘定する。──あとは死ななければいい。

頭上から降ってくる矢に意識を向けて、べたつく草を踏み締める。


罵声が聞こえた。

腰に向かって剣が滑り込んでくる。左手を合わせ、盾で受け止めていた。


乱れた息を吐き出しながら敵兵が睨んでいる。口を歪ませて視線を合わせた。


右腕を引いて踏み込む。首に振り抜いた切先は金属音と共に弾かれていた。

身体ごとぶつかってきた敵兵と、もつれるように倒れ込んだ。握っていた盾が転がっていく。


敵兵が腰に乗ったまま剣を振り上げていた。


傭兵は微笑を浮かべる。

──これで終わりか。......割に合わねぇ。


敵兵の首に一筋の線が走った。

鮮血を撒きながら、切り離された頭が転がっていく。

傭兵の顔が真紅に染まり、頬の古傷に伝っていく。生臭い味が口内に広がっていた。


差し出された手を掴んで引き起こされた。


「お前も、国のために戦ってたんだな。」


遠い昔に苦楽を共にした男が笑っていた。


「......違うけどな。......お前は、変わらねぇな。」


友人の肩を叩いて、同じ方向に歩いていく。

太陽が頭上に昇っていた。


────

遠目に映る将が馬を駆って疾走する。通った跡には草がちぎれ、土埃が舞っている。

ハルバードを振るうたびに敵兵が薙ぎ倒されていく。体の欠片が散らばり、濡れた虫が齧っていた。


腕を掲げて鼓舞するたびに兵は力を取り戻し、雄叫びを上げる。


戦場の端で傭兵が鼻を鳴らした。

赤く濡れた剣を振るって周囲を見渡す。

──もうすぐ終わりそうだ。


口角を上げて戦果を数えていた。刀身にこびりつく血を拭いながら。


視界の端で、斬り合っているのが映った。

友人の脚に開いた肉の裂け目から噴き出す、赤い飛沫を敵兵が浴びる。


脚先の土埃が散った。

駆け出した先で、友人の背中から刃の先端が飛び出てくる。


傭兵が叫ぶ。貌を見た敵兵の驚愕が、瞳に焼き付いていた。

剣を握る腕を切断し、胴を抉る。動かなくなった敵兵を蹴り上げた。


駆け寄って抱き起こすと、友人が唇を震わせながら呟いていた。


「......国を、守ってくれよ。」


敵兵の腕がぶら下がった剣を引き抜く。柄にかかった指が剥がれて、地面に何度か跳ねて転がった。


胸の赤い肉が開き、衣服が黒く滲んでいく。手を重ねて押さえ込もうとした。粘つく液体が溢れ続けている。


友人の瞳は太陽を映していた。瞬きをしていない。


流れていく友の血液を頬の古傷に塗る。

歯を強く噛み締めて、怒号が聞こえる方向に駆け出していた。


────

夕暮れの中で怒声と罵声が絡み合う。空が茜色に染まっていることに気づいているだろうか。


何人を斬り殺したのかは分からない。もう勘定など必要ないからだ。


目の前の敵兵は震えていた。傭兵が無造作に近寄っていく。敵兵が剣を落として跪いた。

両手を胸の前で合わせて、歯を噛み鳴らしている。


振り上げた腕を力を込めて振り下ろす。


敵兵の頭を掠り、剣先が地面に突き刺さった。汗が滴り、血と混ざる。

傭兵の右肩から鏃の先が覗いていた。燻んだ革に滲んでいく。


獣の咆哮を吐き出していた。左手に剣を握り、敵兵の胴を薙いでいく。跪いた敵兵が仰向けに倒れこんだ。


喧騒を切り裂く音がした。


背中から鋭い刃が潜り込む。胸を貫き、赤い飛沫が散った。切先に溜まった滴りが、連なって落ちていく。

視界を地面が覆っていく。ゆっくりと頭が跳ねて、映る景色が揺れていた。


伏した傭兵の目に、己を突き刺した男の姿が映っていた。涙を流しながら、敵兵の傷口を塞ごうとしている姿が。


古傷に塗った血糊が剥がれ落ち、細かく分かれて散り散りになる。

滲んだ瞳が暗く濁り、一滴の雫が溢れ落ちた。


戦場の中央で、将が頭上にハルバードを掲げていた。勝鬨に呼応する兵の歓声が静かに消えていく。


───国を守り、人が生きる。

            ......自分達のために。

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