作品アーカイブ(目次)
コーヒーを淹れる音を心地よく感じていた。口に近づけながら視線を動かす。その先は、大きなねじまき時計。妻が大事にしていたこの時計を、老人が丁寧に手入れしてきた。
大きさは老人とさほど変わらない。
色褪せていたが、年代を感じさせる深みを滲ませていた。
息子が幼い時につけた傷をそっと撫でる。
......妻は怒らずに笑っていたな。
ふと立ち上がってねじを巻いてみる。
振り子も、針も動かない。静寂と相まって時間が止まっているかのように。
今までに何度も直そうとしたが、どうしても直せなかった。
コーヒーカップを置いたテーブルには、老女が微笑んでいる写真があった。
──婆さんに先立たれた時、この時計も止まったんだったな。
昨日、喧嘩別れしてから何年かぶりに息子から連絡があった。孫を連れてくると。
視線を手首に移す。正午をすぎていた。
オニオンスープに火をかける。3人分の食器を用意して、冷蔵庫から肉と野菜を取り出す。
扉を叩く音が響く。ゆっくりと玄関まで行き、鍵を開ける。
気まずそうに、少し緊張した面持ちの息子が幼い子供の手を引いていた。
「......久しぶり。」
老人は口元を少し上げて、頷く。
孫は息子の後ろに隠れるようにしていた。
中に入った途端、孫は興味深げに店の商品を見渡していた。繋いだ手を離して歩き回る。
老人が食卓に料理を並べていく。息子が何かを言おうとしたが、食事を促す。
肉の匂いとスープの香りが鼻を刺激していた。
ねじまき時計を触っていた孫が振り子を見つめている。
息子は椅子に座り、ぼんやりと料理を見つめていたが、ゆっくりと顔を上げた。
「俺は......この雑貨屋を継ぐのが嫌で......親父に酷いことを言って......」
視線を老人の目から離さなかった。
「親父、すまなかった。」
目を細めながら老人が頷く。
「......おかえり。」
「孫を呼んで来い。......冷めちまうぞ。」
ガチャっと、音が響いた。視線を向けると、孫が時計のねじを巻いている。
孫が目を輝かせて走ってきた。
「あの時計面白いね!こんなふうにカッチカッチって。」
腕を振り子に見立てて揺らしている。
老人が驚いてねじまき時計を見に行くと、振り子は揺れ、秒針も動き出していた。
振り子と秒針の音が重なり、規則正しく響き渡る。
──テーブルの上で、老女が微笑んでいた。
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